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子どもたちの笑顔を見たい!!笑;;顔で保育をしたい!! 2006/01/31 (火)
 保育士さんたちと「憲法九条」の学習会をした。
 「戦争のつくりかた」の絵本を読むと若い保育士さんの顔が真剣になった。
 「あなたは戦争がどんなものか知っていますか。…」ではじまる。 
 今、日本の国は分かれ道。絵本の最後はこうだ。
 「あなたは未来を選び取ることができます。戦争しない道を選びとることも……」
 話が終わって、手が上がり、「私たちはなにをすればいいですか?」と質問。
 「まずは本当のことを知ること。何人でもいいから学習会。そして行動。「九条の会」作るといいね。今、全国に小さいのから大きいのまで4000ヵ所できました。国民投票でN0!!を言う人を過半数に!!投票権のない子どもたちの分までがんばる時!!子どもたちの笑顔のために笑顔で保育をするために……!」と私は話しました。
 社会的連帯で社会的反撃を―1人でできないこともみんなでならできる!ってことです。
 あれっ!なんだかゾクゾクする。やばい!風邪かも…。皆さんもお気をつけ下さいませ。
 崎本としこ・記
          

命もちかえりました! 2006/01/30 (月)
洛陽市へ行ってきました。鳥インフルエンザが心配されるなか、命もちかえりました。まず、ご安心ください。21日に上海から洛陽市へ。雪そして凍結路という悪条件のもと、空路・陸路を経て、22日の昼過ぎに洛陽市に到着。休日である日曜日、また1月29日の「春節」に入る前の「小正月」が始まる日であるにもかかわらず、新庁舎を開けて庁舎内の会議室で会談がおこなわれた。中国・洛陽市人民政府の並々ならぬ熱意と決意を示すものでした。台湾問題で凍結状態となった両市の友好関係をとりもどそうというこちらの熱意を示す会議でもありました。夕食、休息をはさんで翌朝出発間際まで厳しく議論をかわしあいました。その結果、凍結の門戸を開き、友好回復の道筋が見える状態とはなりました。今後、たどり着くまでの道のりの苦難も予想されますが、しかし、道は明るいと確信しています。引き続き、がんばります。         田畑けんじ

文教委員会で視察に行きました。(調布市・浜松市・静岡市) 2006/01/27 (金)
24日、25日、26日と3市、6事業の視察に行ってきました。
調布市では、「調布市子ども条例」「調布市放課後遊び場対策事業(ユーフオー)」、浜松市では、「城北図書館建設事業について」「幼稚園サポート保育モデル事業について」、静岡市では、「トワイライトスクール(放課後学級)事業について」「英語が話せる名古屋っ子の育成」を学んできました。
特に、子どもの安全の問題や人間らしい発達をめざす遊びについて、家では、一人でテレビゲームなどで過ごしてしまう、現代の社会情勢を反映して、放課後での集団遊びをつくろうという教育委員会の姿勢を見ることができました。
また、岡山市でも、保育園入園者が増え続けている一方で、幼稚園の入園者が減り続けている中で、就学前教育をどうするかということが、テーマになっている中で、浜松市の幼稚園サポートモデル事業は、幼稚園に保育園の機能をもたせる、すなわち、長時間保育の希望者を受け入れています。幼保一体化対策の一つの方法として参考になりました。
記 稲葉泰子

市議会経済委員会で、県外視察 2006/01/26 (木)
 岡山市議会の6常任委員会が、今週いっせいに県外の視察に出かけました。私の所属する経済委員会は、24日から3日間、愛知県豊橋市へ「農業振興施策」・東京都大田区へ「中小企業振興対策」・埼玉県川口市へ「川口産業振興公社の取り組み」を、視察しました。
 それぞれの市が、地域の農業や中小企業の実態を掴みながら、地域の課題を取り上げ、一生懸命取り組んでいることに感動しながら、その取り組みを岡山市の行政にどう生かしていくことができるか、勉強してきました。岡山市と比べ、豊橋市の農業の生産額が、野菜・果樹・畜産など施設農業の結果、3倍にも足しており、農業収入が多いことに驚きました。しかし、それだけ施設に対する投資も多いとの報告も受けました。岡山市の農業が、稲作を中心とした農業であることも、豊橋市とのおおきな違いがあるようです。
 東京都大田区、埼玉県の川口市では、金属・機械などを中心とした小企業への支援策や取り組みを勉強しました。
 各常任委員会の視察を、市民本位の岡山市政実現に向けて生かしていくことが求められます。写真は説明を受ける、委員会のメンバー
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機構改革と市長挨拶 2006/01/20 (金)
地域人権運動岡山市連絡会(人権連)が、岡山市との話し合いを行いました。その席に出席した市長の挨拶は、「私は民間から選ばれた市長であるので一市民であります。」「他市と比べて特徴のない岡山市から脱皮させる。長期ビジョンを掲げて、自然環境、交通アクセス、天災の少なさを活かして、思いやりのある人情味のある街にする。ハード面が出来上がっても良い街とはいえない。」「政令市への道筋では、しっかりと地域の意見を聞く、人口あわせだけではいけない。その結果権限委譲されて、オリジナルな街づくりを行う。しかし、財政はきびしいが、福祉、弱者政策は落さない。市民のためのサービスが出来る人材を育成する。」こういった主旨の発言でした。その挨拶に私も含めて参加者は拍手で応えました。
しかし、今、市長は全庁的に職員の機構改革を行おうとしています。その全容は25日(水)に発表されることになっていますが、これが、11月議会でいう行政改革の一貫と認識しておりますが、これで、ほんとうに職員のやる気を引き出せるのか、私は非常に疑問に思っています。
ソフト面の充実、地域の活性化、福祉、子育て支援、市民サービスの充実、市長の発言を実行に移すためには、職員研修を行っても今以上に職員の増員が必要だと思います。
市長は「いち市民」ではなく、今や、69万岡山市民のくらしの充実や安全を担って行政を行う長ですので、「いち市民」の立場で政策決定を行うのはいいが、いち市民になってはこまります。
記 稲葉泰子

4日早いメッセージ・洛陽のこと 2006/01/19 (木)
わたしの書き込み担当は月曜日なのですが、21日から24日まで中華人民共和国・洛陽市へ出かけることになったので、4日早いメッセージを書き込みすることをお許しください。なぜ洛陽市にゆくことになったかといいますと、壊れていた都市間交流を復元させるために超党派の議員代表5人の一員として行くことになったからです。なぜ関係が壊れたかといいますと、萩原前市長が台湾・新竹市との姉妹縁組調印式に同市の林政則市長が中華民国・台湾・新竹市長林政則と署名したのを許したためとそれをよしとして是正しようとしなかったために両市の関係が修復できなくなっていました。世界平和を希求する流れのなかでアジアの平和外交がもっとも重要な今の時期にこれを放置しておく訳にはいきません。新しい市長のもとで関係改善を計るべく21日に岡山空港を出発します。乞う!ご期待!応援してください。よろしく。           田畑けんじ

先週末から「インフルエンザ」に罹ってしまった。 2006/01/19 (木)
 先週の金曜日(13日)、福祉プラザ三友で開かれた三門地域共闘会議の新春旗開きで、ご挨拶したとき「藤沢さん、声が違っているよ」と声をかけられたのを皮切りに、初めて「インフルエンザ」に罹患し発症した。咽が痛く、熱が38度を超え、体中の節々が痛く、目もおかしい。土曜日は、何とか置き薬を服用して様子を見るがしんどい。夜は熱も上がり、しんどさがいっそうきびしくなる。朝、協立病院に電話をして、救急窓口で診察をして頂く。一応の診察で風邪ははっきりしているが、インフルエンザかどうかを聞いてみると、検査が必要とのこと。採取した資料をもとに、30分間ほど待って「インフルエンザA型」とのこと。「タミフル」を3日分もらって、帰宅。
 ところが、薬を飲まないうちから、経過がよくなってくる。日曜日の午前中は大元支部会議。午後ゆっくりしたもの、月曜日は早朝から日刊赤旗の配達、同じ16日は議会運営委員会に参加。午後から休ませてもらって、火曜日の団会議に参加しようと朝早く出勤した。
 このあたりから、市議団同僚の私に対する態度がおかしい。「ひとにうつしてはダメだよ。隔離されて普通なんだよ」と指摘される。
 考えてみれば、私は昨年の11月末に、インフルエンザの予防接種を受けていた。そのためか発症したものの症状はきわめて軽い。自分中心の判断だったと反省。後は、仲間を信頼して「よろしく」と、帰宅。
結局、1月18日の臨時議会は、初めて欠席ということになった。
 でも、家でゆっくり治療することは大変だった。
今日、夕方になって、熱は引いているが声がまだおかしい。
 

1月臨時議会 2006/01/18 (水)
臨時議会が行なわれた。通常1月臨時は新年最初のという位置づけで
専決処分の案件など簡単な議案採択をして市長が新年のごあいさつをして終わることが多い。
しかし今日はなんと全会一致で岡山県へ「県の医療費の公費負担削減」について反対の意見書提出することを採択した。
先日この単県医療費助成を県は来年度予算で10億削減との
方向性をしめし、市にとってはおおきな打撃になるということで
急きょこの運びとなりました。乳幼児医療費の無料化を就学前までという流れを逆流させる今回の措置に早めに反撃をする必要が
あったのです。また今回の意見書には財政状況がどうであろうと
最低限のやるべきことだという位置づけも明記されたことも
大きな成果でした。
記・竹永みつえ

阪神・淡路大震災を忘れないで!! 2006/01/17 (火)
11年前の今日大震災は起こりました。亡くなった人6434人。家が壞れて下敷きになった人、火災で生きながら焼かれた人、そして関連死。
私は神戸の長田区に看護師として支援にいきました。その時見たこと、聴いたことは決して忘れることはありません。家族を亡くし、仕事を失い、家を失った人にはそれは強いストレスがかかります。私は直接死しなかった人が、肺炎などのその後の病気で生命を失っていったことが納得できません。医療費の負担感が病院を遠ざけ生命をうばうのです。政治が「生命は何より大切」とすぐ手をうてば多くの生命を救うことができるのです。私は大震災の教訓を生かすことが亡くなった人々へ報いることだと思っています。だから、患者負担をふやす医療改悪は国でも県でも許せない!!日常はもちろんですが災害のとき直接生命をうばうのだと告発しながら改悪反対を訴えたいと思っています。こうして書いていると涙がにじんできます。今生きている私たちはがんばらなくてはなりません。
今もいい続けたい。「忘れないで!神戸」
崎本とし子・記

県が医療費公費負担廃止・削減 2006/01/16 (日)
岡山県が医療費公費負担制度を創設したことにともない、岡山市はこの制度をもとに公費負担補助を市もおこなうことで、一人暮らしや寝たきりの高齢者、重度心身障害者、乳幼児及びひとり親家庭等に対し、医療費の経済的負担を軽減し、市民の健康を支える事業を積極的におこなってきました。ところが、長野前岡山県知事が岡山市が中核市になったことを理由に「小遣いはもうええじゃろう」と言って、乳幼児医療費に対する補助金の段階的削減と廃止の方向をうちだしました。これに対し、岡山市の反対運動を皮切りに、県下の市長会はもちろん猛反発しました。その結果、制度廃止に一定の歯止めをかけてきましたが、昨年12月、岡山県は唯一乳幼児医療費については就学前まで引き上げることにしたものの、老人医療費の段階的廃止、自己負担の導入、対象者の限定などをおこなう方針をだしました。これまで県が削減してきた分を市が補填して市民負担を増やさず制度存続を図ってきた岡山市として納得できるものではありません。それを実行させるためにがんばってきたわたしとしても納得できません。このようにひどい県民の健康に責任をもたない岡山県のやりかたに憤りを覚えます。県に抗議するとともに改善もとめてがんばりたいと思います。ご支援よろしく。
田畑けんじ

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